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大分地方裁判所 昭和36年(わ)153号 判決 1961年12月13日

被告人 渡辺恵

昭一〇・一一・二五生 船長

渡辺秀孝

昭一三・一二・一生 船員

主文

被告人渡辺恵を禁錮一年に

被告人渡辺秀孝を禁錮四月に

各処する。

但し被告人両名に対し、本裁判確定の日から各三年間いずれも右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人両名の平等負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人渡辺恵は、昭和三十一年七月丙種船長の免許を同年十月丙種機関長の免許を受けて、同じく丙種機関長の免許を受けていた実父の渡辺満と共に同人所有の第三満恵丸(木造旅客船、昭和三十一年一月進水、総屯数十二、五八屯、純屯数四・五二屯、長さ十二・八米、巾三・三六米、深さ一・二二米、焼玉発動機二十五馬力一基装備、甲板下に機関室を狭んで前部後部各客室、甲板上に上部客室がありその上部は板張りの屋根になつている)に船長又は機関長として乗り組み、大分県南海部郡蒲江町蒲江港より尾形島、猪串、森崎を経て同町越田尾港に至る旅客運送の業務に従事していたものであり、被告人渡辺秀孝は、被告人恵の実弟であつて、船長、機関長等の免許を受けていないまま、昭和三十一年頃から実父満や実兄恵の両名またはその一方と右第三満恵丸に乗り組み、旅客の乗降の指揮、並びに操舵、又は機関の運転等をして同人等とともに同船による旅客運送の業務に従事していたものであるが、

昭和三十五年十月二十九日に蒲江町教育振興会主催で、同管内町立五中学校(蒲江、名護屋、上入津、下入津、河内各中学校)のバレーボールと卓球の大会が名護屋中学校において実施されるに際し、名護屋中学を除く他の四校の生徒を右第三満恵丸及び同船と同一航路を運航する旅客輸送船である日豊丸を利用して蒲江港より越田尾港まで輸送する心要があつたため、同月二十日過頃被告人秀孝において、上入津中学校の教官から中学生百名位の輸送の申込を受け、普通団体客の運賃は一人につき片道十円の慣例であつたのに中学校教官の希望により特に一人につき片道五円で輸送することを引受けていたものであるところ、同年十月二十九日朝被告人恵が船長として、被告人秀孝が実父に代つて、それぞれ第三満恵丸に乗り組んで蒲江港遠藤旅館前岸壁に接岸し、同日午前八時五十分頃、被告人両名は同岸壁や同船々首附近に立つて指示監督しながら前記輸送申込を受けた中学生を乗船させることとなつたが、同船の最大塔載人員は船客二十名(十二才未満はその倍数)船員二名の合計二十二名で、この外雑荷三屯を合せて積量純屯四・五二屯と定められているので、かかる場合旅客運送の業務に従事する者としては、乗客の人員を点検して積載重量が過重にならぬよう乗船者を同船が安全に航行できる限度に制限し且船の重心が上昇し復原力の低下を来たさないよう客室の屋根上等の高所に乗船させない等慎重な配慮をなし、以つて航行中の転覆事故の発生を未然に阪止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、いづれも叙上の注意を欠き、漫然と河内中学校生徒及び引卒教官合計九十八名(体重合計約四・〇二屯、但し衣類携帯品の重量を除く、以下同じ)を乗船させた後、上入津中学校引卒教官から輸送を依頼されるや、被告人等はともにこれを拒否することなく、同校生徒及び教官合計二十名(体重合計約〇・七九屯)を乗船させ、更に其の頃同岸壁に到着した下入津中学校引卒教官から同校生徒の輸送を依頼されるや、前同様に無謀にもこれを承諾し、すでに乗船していた生徒や教官で積み過ぎとなつているのに、なおも左右両舷や船首船尾の甲板上に乗船させるは勿論、被告人秀孝において「屋根に上れ」と言つて貨客積載の場所でない同船屋根上にも昇るよう指示し、其の際積載過剰の状態を見て危険を感じた下入津中学校教官等から「危いではないか、二回に分けて輸送してくれ、」との趣旨の申出があつたにもかかわらず、運賃を片道五円と安く契約していた事情もあつたので被告人両名は交々「大丈夫だ安全は保証する以前にも二百人位乗せたことがある、」「二回に分けるわけには行かん、」「早く乗らんと残して行くぞ、」等と言つて結局下入津中学校生徒及び教官合計百六十四名(体重合計約六、五一屯)の全部を乗船させ、而も乗船者の中九十二名(体重合計約三・七屯)は屋根上に乗船しており、外に乗客一名及び被告人両名(体重合計約〇・一七屯)が乗船したので、乗客合計二百八十三名で船内は身動きも容易でない状況を呈し、人員及び重量において安全に航行できる限度を著しく超過し、且復原力が極度に低下した状態(屋根上の九十二名が全部座つていたと仮定しても其の際のGMの価は〇・〇五八米である、)であつて、そのまま発進航行をすれば、回頭による傾斜、その他の動揺により船体の平衡を失い、転覆の虞れがあることは予見し得られたのに、被告人両名共これを看過して、安全に航行できるものと軽信した結果、被告人恵において機関を運転し、同秀孝において舵輪を操作して同日午前九時十分頃越田尾港に向け発進すべく同岸壁を離れ、約三十二米位後進した後、港口に向け大きく左に舵を切つて回頭しながら約三・三五ノツトの速力で前進に移つたため、船体は左舷に傾斜して、一旦は復原したかに見えたが、前記過剰積載及び高所乗船に起因する重心上昇による復原力低下と乾舷減少並びに乗客の動揺のため船の進行につれて更に左右に二、三回大きく傾斜した後、同日午前九時十五分頃、右前進開始地点より西方に約百三十七米航行した蒲江港内において右船体の動揺を見て被告人秀孝において急遽機関停止を連絡すると共に左に転舵して浅瀬に向けようとしたが時すでにおそく、同船を左舷よる覆没するに至らしめ、因つて乗船していた別紙第一記載の平瀬享子外四名の女生徒を死亡させ、別紙第二記載の通り渡辺智子外八名に対してそれぞれ全治約三日間乃至十日間を要する切創等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人両名の判示所為中、業務上の過失により第三満恵丸を覆没せしめた点はそれぞれ刑法第百二十九条第二項第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項に、業務上の過失により平瀬享子外四名を死亡せしめ渡辺智子外八名に対し傷害を負わせた点はそれぞれ刑法第二百十一条前段、罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項に各該当するところ、被告人各自につき、右各罪はそれぞれ一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該るから刑法第五十四条第一項前段、第十条を各適用して犯情最も重い業務上の過失により平瀬享子を死亡せしめた罪の刑に従つて処断することとなるので、所定刑中禁錮刑をそれぞれ選択し、その刑期範囲内において被告人渡辺恵を禁錮一年に、同渡辺秀孝を禁錮四月に処することとし、尚海上運送の危険性に鑑み本件の如き明白且重大な過失により転覆事故を惹起せしめた責任は極めて重いといわなければならないが、本件事故の発生については中学生引率教官等にも過失がなかつたとは言えないし、又被告人等及び実父において本件後被害者の慰謝に心掛け、運送事業の経営規模も比較的小さく家計もさほど豊かでないのに銀行から借財して葬式費用、治療費、見舞金等の外死亡者一人当り四十万円合計二百万円の慰謝料を支払つており、且今後は再びかかる事故を起さぬよう充分注意することを誓つているので此等の点を考慮して同法第二十五条第一項第一号により被告人両名に対し、本裁判確定の日から各三年間いずれも右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して全部被告人両名の平等負担とする。

仍つて主文の通り判決する。

(裁判官 岡林次郎 竪山真一 志鷹啓一)

(別紙第一、第二略)

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